2008-05-28(Wed)
私にとっての2つの転機〜動物愛護〜
わたしが野良猫にかかわることになったのは、1990年頃だったかと思います。
独立して事業を始めたために、借り上げ社宅から退去して、江戸川区の葛西に引っ越した頃のことです。
程なくして、1頭の猫が自宅に現れました。
とても人懐こい猫でしたので、飼い猫であることは明らかでした。
隣にお住まいの方のお話では、どうやら、私達夫婦が引っ越す前に、住んでおられた方が、飼っていた猫を置き去りにしたらしいのです。
「名前はガッチャンと言うんです。」とのこと。
・・・なんだかなあ。。。
きっと飼い主が戻ってきたんだと思って、喜んで駆けつけてきたんだろうなあ・・・。
何とも不憫で仕方なかったです。
結局、餌をあげて面倒を見ることになりました。
しかし・・・この猫が妊娠・・・
子猫が生まれることになりました。
当時は、避妊に関しては、本当に認識不足だったんですね。
その内の1頭が、先天的に障害を持っていて、生まれつき足腰が立たない状態でした。
この猫が生まれてしまったこと、これが、私にとって予期せぬ一つ目の転機になりました。
先天性の障害猫は、人間と違って、極めて稀だと思います。
私自身、この猫以外、出会ったことはありません。
パステル調の不思議な色合いの三毛猫で、こういった猫の柄も見たことがありませんでしたので、やはり非常に特殊だったんだと思います。
それでも、とても可愛い顔をしていました。
この猫は、近所で評判になりました。
やはり、珍しいですからね。
週末のたびに、沢山の子供達が、この猫を見るために集まるようにもなったのです。
そして・・・、私達夫婦が地域で猫好きとして有名になってしまったこと、それが心無い人たちの捨猫を誘発することになりました。
決して好き好んで始めたわけではありません。
元々は、自宅に遺棄される子猫の里親探しを始めたのが、そもそものきっかけとなっています。
猫が捨てられる度、胃の痛くなるかのような感覚をいつも持っていたものです。
イライラしながら、でも子猫はかわいくて、捨てられないから面倒を見て・・・という感じです。
当時はネットもありませんでしたので、里親探しも今よりはずっと難しくて・・・。
面倒を見ることを前提にして、保護をしてました。
このスタンスは今も変わりませんが。。。
2度目の大きな転機は、ある書籍との出会いでした。
新宿紀伊国屋書店で何気なく手に取ったときの衝撃は、今も忘れることはできません。
どうぶつたちへのレクイエム
モノトーンの写真集。
動物達の表情だけが、淡々と映し出されています。
とても、ありえないことなのですが、あまりに無音、静寂をも感じてしまうのは、なぜなのだろう。。。
それは、これまでの自分の人生の中で、一度も出会うことがない現実に出会ったからなのではないのか・・・
動物達が、吠えない訳はないのですから。
2000年の早春の出来事だったかと思います。
この頃の私は、千葉の市川に引っ越す直前でした。
このひどい葛西の土地から離れられる・・・
もう、猫は今いる猫の面倒だけをみていけば、その内には楽になるな。。。
とも考えていたのです。
しかし、この書籍に出会ってしまって、もう無理でした。
沢山の人に現実を知らせること、その意味を、身をもって体験してしまったのです。
出版のすべを持たない私にとっては、ホームページが唯一の選択肢になりました。
前年の秋に、眠り猫というサイトを作っていましたが、これは元々、私の自宅の猫の里親探しを主目的にしていたサイトでした。
このため、当時は様々な人寄せの為のコンテンツをおいていて、動物愛護的な色彩は皆無といっていいサイトでありました。
(現在ではまったく違って、非常に愛護色の強いサイトになっています。ご利用者も愛護関係の方が圧倒的です。現在は、他のボランティアさんに管理をお願いしています)
2000年4月、今のサイト「神様お願い!!僕達を助けて」を開設しました。
眠り猫で伝えきれない自分の思いをぶつけるために・・・そう考えたんですね。
沢山の記事を書き、沢山の人に現実を見てもらいたい。
そんな思いがなにより強かったですね。
こんな現実って、あってはならないでしょう・・・
だって命があるんだもの。
ミルクの頃から育てていれば、本当に実感として分かるのは、みんなすべてに個性があるんです。
性格も感情もあるんです。
それをあたかもゴミのように捨ててしまうようなことは、決してあってはなりません。
どうぶつたちへのレクイエムのなかで、
猫の処分室内には、ペットキャリーそのままに保健所に持ち込んだのであろう写真があります。
保健所に託し立ち去るとき、その子の目を見ないためなのでしょうか。
がつんとぶん殴られたかの衝撃。
そのときの感覚は、今も忘れ得ません。

とても大げさに言えば、人生を変えてしまうような書籍との出会いはあるんだと思います。
私にとっては、良かったのか悪かったのか。
それは今は分かりません。
きっと、もっと簡単に、楽に一日を過ごせたろうし・・・とか、
家を購入するのだって、もっとずっと早くもてたろうに・・・とか。。。
色々考えます。
でも、きっとこの先も同じことをしてるような気がします。
病気かもしれません。
今はもう、晴れてきっと立派な変人の仲間入りです。
今後の夢は、シェルター(保護施設)を持つことでしょうか。
それも、資金を募金などに頼らないことが目標です。
お金を出してもらうことは、支援者を募らなくてはならない・・・そしてそれに頼れば、きっとひずみが出ると思うんですよね。
資金源は別のもので、何とか賄う体制ができないものか・・・と思います。
とりあえず、夢だけは勝手に見れますので、こんなロフト付きのログハウスなどを建てられたら・・・なんて。
ロフトがあれば、猫には重要な、上下運動を確保できる環境を提供できます。
余分なものはおかずに、キャットウォークなど、色々工夫を凝らして。


家は何とか・・・買えるかも・・・。
軽自動車程度のお金で購入できますからね。
でも土地がねー。
今の我が家の土地では到底建てられません。。。
でも、夢を見るのは自由ですから。。。
いつか、きっと。
所詮、実現は出来ないのかもしれませんが、色々妄想をしています。
独立して事業を始めたために、借り上げ社宅から退去して、江戸川区の葛西に引っ越した頃のことです。
程なくして、1頭の猫が自宅に現れました。
とても人懐こい猫でしたので、飼い猫であることは明らかでした。
隣にお住まいの方のお話では、どうやら、私達夫婦が引っ越す前に、住んでおられた方が、飼っていた猫を置き去りにしたらしいのです。
「名前はガッチャンと言うんです。」とのこと。
・・・なんだかなあ。。。
きっと飼い主が戻ってきたんだと思って、喜んで駆けつけてきたんだろうなあ・・・。
何とも不憫で仕方なかったです。
結局、餌をあげて面倒を見ることになりました。
しかし・・・この猫が妊娠・・・
子猫が生まれることになりました。
当時は、避妊に関しては、本当に認識不足だったんですね。
その内の1頭が、先天的に障害を持っていて、生まれつき足腰が立たない状態でした。
この猫が生まれてしまったこと、これが、私にとって予期せぬ一つ目の転機になりました。
先天性の障害猫は、人間と違って、極めて稀だと思います。
私自身、この猫以外、出会ったことはありません。
パステル調の不思議な色合いの三毛猫で、こういった猫の柄も見たことがありませんでしたので、やはり非常に特殊だったんだと思います。
それでも、とても可愛い顔をしていました。
この猫は、近所で評判になりました。
やはり、珍しいですからね。
週末のたびに、沢山の子供達が、この猫を見るために集まるようにもなったのです。
そして・・・、私達夫婦が地域で猫好きとして有名になってしまったこと、それが心無い人たちの捨猫を誘発することになりました。
決して好き好んで始めたわけではありません。
元々は、自宅に遺棄される子猫の里親探しを始めたのが、そもそものきっかけとなっています。
猫が捨てられる度、胃の痛くなるかのような感覚をいつも持っていたものです。
イライラしながら、でも子猫はかわいくて、捨てられないから面倒を見て・・・という感じです。
当時はネットもありませんでしたので、里親探しも今よりはずっと難しくて・・・。
面倒を見ることを前提にして、保護をしてました。
このスタンスは今も変わりませんが。。。
2度目の大きな転機は、ある書籍との出会いでした。
新宿紀伊国屋書店で何気なく手に取ったときの衝撃は、今も忘れることはできません。
どうぶつたちへのレクイエム
モノトーンの写真集。
動物達の表情だけが、淡々と映し出されています。
とても、ありえないことなのですが、あまりに無音、静寂をも感じてしまうのは、なぜなのだろう。。。
それは、これまでの自分の人生の中で、一度も出会うことがない現実に出会ったからなのではないのか・・・
動物達が、吠えない訳はないのですから。
2000年の早春の出来事だったかと思います。
この頃の私は、千葉の市川に引っ越す直前でした。
このひどい葛西の土地から離れられる・・・
もう、猫は今いる猫の面倒だけをみていけば、その内には楽になるな。。。
とも考えていたのです。
しかし、この書籍に出会ってしまって、もう無理でした。
沢山の人に現実を知らせること、その意味を、身をもって体験してしまったのです。
出版のすべを持たない私にとっては、ホームページが唯一の選択肢になりました。
前年の秋に、眠り猫というサイトを作っていましたが、これは元々、私の自宅の猫の里親探しを主目的にしていたサイトでした。
このため、当時は様々な人寄せの為のコンテンツをおいていて、動物愛護的な色彩は皆無といっていいサイトでありました。
(現在ではまったく違って、非常に愛護色の強いサイトになっています。ご利用者も愛護関係の方が圧倒的です。現在は、他のボランティアさんに管理をお願いしています)
2000年4月、今のサイト「神様お願い!!僕達を助けて」を開設しました。
眠り猫で伝えきれない自分の思いをぶつけるために・・・そう考えたんですね。
沢山の記事を書き、沢山の人に現実を見てもらいたい。
そんな思いがなにより強かったですね。
こんな現実って、あってはならないでしょう・・・
だって命があるんだもの。
ミルクの頃から育てていれば、本当に実感として分かるのは、みんなすべてに個性があるんです。
性格も感情もあるんです。
それをあたかもゴミのように捨ててしまうようなことは、決してあってはなりません。
どうぶつたちへのレクイエムのなかで、
猫の処分室内には、ペットキャリーそのままに保健所に持ち込んだのであろう写真があります。
保健所に託し立ち去るとき、その子の目を見ないためなのでしょうか。
がつんとぶん殴られたかの衝撃。
そのときの感覚は、今も忘れ得ません。
とても大げさに言えば、人生を変えてしまうような書籍との出会いはあるんだと思います。
私にとっては、良かったのか悪かったのか。
それは今は分かりません。
きっと、もっと簡単に、楽に一日を過ごせたろうし・・・とか、
家を購入するのだって、もっとずっと早くもてたろうに・・・とか。。。
色々考えます。
でも、きっとこの先も同じことをしてるような気がします。
病気かもしれません。
今はもう、晴れてきっと立派な変人の仲間入りです。
今後の夢は、シェルター(保護施設)を持つことでしょうか。
それも、資金を募金などに頼らないことが目標です。
お金を出してもらうことは、支援者を募らなくてはならない・・・そしてそれに頼れば、きっとひずみが出ると思うんですよね。
資金源は別のもので、何とか賄う体制ができないものか・・・と思います。
とりあえず、夢だけは勝手に見れますので、こんなロフト付きのログハウスなどを建てられたら・・・なんて。
ロフトがあれば、猫には重要な、上下運動を確保できる環境を提供できます。
余分なものはおかずに、キャットウォークなど、色々工夫を凝らして。


家は何とか・・・買えるかも・・・。
軽自動車程度のお金で購入できますからね。
でも土地がねー。
今の我が家の土地では到底建てられません。。。
でも、夢を見るのは自由ですから。。。
いつか、きっと。
所詮、実現は出来ないのかもしれませんが、色々妄想をしています。





